2013年の年末に当センターが事務局を担っているKOBE足湯隊の学生さんと共に能登半島を尋ねました。7年目を迎えた被災地、能登をレポートしていきたいと思います。
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「つながりが人を支える」
能登半島にある小さな町・穴水町。人口はおよそ9,000人の小さな町である。高齢化率は41%と非常に高く、日本の地方都市が同じように抱えている過疎化の問題に悩まされている町だ。能登半島地震によって全壊家屋79棟、半壊家屋100棟、一部損壊家屋2,318棟という大きな被害を受けた。

▲当時のホットちゃんの外観
穴水町では地震後、商店街を活気づけるため「ホットちゃん」という定食屋がオープンした。仮設住宅に住んでいた女性3名が、過疎化や地震で打撃を受けた商店街を活性化したい、との想いから開かれたお店だ。「ホットちゃん」という名前は仮設の人たちがタオルで作っている子供服を型どったものについた名前で、「”まけないぞう”も新潟の山古志から頂き、神戸の人に教わったんだけど、ちょっと難しいからベビー服にした」ということだそうだ。現在は健康上の理由で店を閉められたが、穴水の町に活気をもたらした。

▲ホットちゃんのメニュー。横にかかっている小さな服も「ホットちゃん」
そのホットちゃんを開いていた女性が、東日本大震災の被災地である七ヶ浜町へ支援に行かれたそうだ。その時にホットちゃんの話をされたそうだが、熱心に聞いていたのが七ヶ浜町の仮設商店街でラーメン店を開いた方。その方は、「ホットちゃんの話を聞いて自分でも店を出せるんじゃないかと思った」とおっしゃっていたそうだ。被災地から被災地へ想いがつながった瞬間だと思う。

▲名物のもずくうどん。高校生とのコラボで地域を活性化した。
穴水町の方々は、地震後時間が経つにつれて、被災者とボランティアという関係からあなたとわたしという関係になってきたとおっしゃっていた。被災地から被災地へのつながり、ボランティアとのつながり、様々なつながりが被災地の人々を支えている。能登で出会ったほとんどの方がおっしゃった、「ただ訪れてくれるだけでいい」という言葉にそれが集約されているのだろう。(頼政良太)