2013年の年末に当センターが事務局を担っているKOBE足湯隊の学生さんと共に能登半島を尋ねました。7年目を迎えた被災地、能登をレポートしていきたいと思います。
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2014年3月25日で能登半島地震から丸7年が経ちました。KOBE足湯隊は2007年の発災以来、能登半島に関わっています。(当時は中越・KOBE足湯隊)近年は金銭的な面や卒業などによるメンバーの交替などで、なかなか能登半島に関われていませんでした。そんな中、7年目の被災地の能登半島にどのような関わりが持てるのか、関わりは必要なのかについて考えるため12月に能登派遣を行い、3月21日(金)に報告会とワークショップを開催しました。

▲ワークショップの様子
能登派遣に行ったことで、様々な課題も見えてきました。復興住宅に集会所が無く、集まれる場がないこと。また、周りにも住宅や公民館などが無く孤立化してきていること。そして、一番大きな問題が過疎化の問題です。能登半島は地震の被災地でもありますが、過疎化の問題はむしろ地震前からの課題です。よく地震によって地域の課題が加速したと言われますが、まさにそうした現実に直面しているのが能登半島です。例えば穴水町の高齢化率は41%です。穴水町の復興住宅は民間借り上げなので、20年の期限がくれば家賃の問題や引っ越し問題(※)などが発生します。しかし、穴水町の方は20年後には復興住宅どころか「町がなくなるかもしれない」という危機感を持っておられました。こうした問題にKOBE足湯隊としてどれくらい関われるのか、学生たちもイメージがわかないというのが正直なところでした。

▲OBOGも参加しました
一方で、7年経つからこそ関わりを、という声もあります。報告会に参加してくださった方の中には、「まだ関わりを持っているんだ。私は忘れてしまっていたけど、若い学生がいまだに活動していて感動した」とおっしゃっていた方もいました。また、住民の方からも「自分たちも地震のことが風化してしまっている。遠くから来てくれることで思いだし、風化しないことにつながると思う」とおっしゃっていました。

▲発表の様子
やはりキーワードは「つながり」なのではないかと思います。7年経っても関われるのはつながりがあるからこそではないかと思います。つながりがあることが、能登の方々への力になるんではないか、どうやってつながり続けることが出来るのか、具体的な取り組みも含めて検討し活動を継続していきたいと思います。
阪神・淡路大震災後の1995年12月の神戸宣言にも同じことが書いてあります。
被災地の私たちは、自ら「語り出す」「学ぶ」「つながる」「つくる」「決める」行動を重ね、新しい社会システムを創造していく力を養っていくことから、私たち自身の復興の道を踏み出していくことを、強く呼びかける。
能登の今後を考えても、この神戸宣言と同じようにヨソモノと当事者が一緒になっていくことが必要ではないかと思います。
※発災から20年経つ神戸でも同じ問題が発生しています。参考:神戸新聞http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201403/0006754245.shtml
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